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糖尿病性ケトーシスだけではなかった猫 ~胸水と循環不全をどう考えたか~【前編】

カテゴリ : 内分泌:ホルモンの異常や糖尿病


【開院・予約受付のお知らせ】
東西通り 猫の内科診療所は9月1日開院予定です。
8月18日より予約受付開始(LINE・WEB・電話)。
https://wonder-cloud.jp/hospitals/tozaidori-cc_ibaraki/reservations
TEL:072-657-1050
※ハリマウ動物病院は8月25日(火)午前まで診療。

12歳の猫ちゃんです。

多飲多尿と食欲不振を主訴に他院を受診しました。

尿検査では尿糖を指摘され、腎臓の超音波検査では「少し気になる所見はあるものの、それほど深刻ではない」と説明を受けました。

当日は血液検査を勧められましたが、その日は帰宅されています。

しかし、その後も状態は改善せず夜間病院を受診し、微量の胸水を指摘されましたが、処置は行われませんでした。

経過からは糖尿病を疑い、血液検査を含めた精査や治療開始が検討される状況であったと思われますが、何らかの事情により実施には至らなかったものと思われます

その後、当院を受診されました。


第1病日


来院時の呼吸数は66回/分と著明な呼吸促拍を認め、約5%の脱水も認めました。(最初の動画)

この時点では糖尿病性ケトーシスによる代謝性変化なのか、胸水による影響なのか、あるいは循環不全が関与しているのか判断できませんでした。

そこで、まずは酸素投与を開始しました。

約30分後、来院ストレスによる影響が大きかったのでしょうか、呼吸状態は比較的落ち着き、酸素投与も必ずしも必要とは感じなかったため、一旦中止し、各種検査を開始しました。

血液検査では、血糖値は測定上限を超える600 mg/dL以上、フルクトサミン482 μmol/Lと高値を示し、糖尿病と診断しました。また、血中ケトン体は5 mmol/Lと著明に上昇しており、糖尿病性ケトーシスと判断しました。







ALT(GPT)は191 U/Lまで上昇していましたが、この時点では黄疸は目立たず、総ビリルビン値は0.8 mg/dLでした。

一方、他院で実施された尿検査では尿比重は1.028でした。

猫では低い尿比重であり、さらに本症例は脱水状態でもあったことから、本来であれば尿比重はもっと高くなっていてもよい状況でした。

それにもかかわらず1.028であったことから、脱水がなければ実際の尿比重はさらに低かった可能性も考えられ、糖尿病だけではなく慢性腎臓病(CKD)の併発も疑われました。

さらに当院での血液検査でもBUN、クレアチニンの上昇がやはり認められ、この考えを支持する結果でした。

呼吸促拍の原因を調べるため胸部検査も実施しました。



NT-proBNPは高値で、胸部レントゲン検査では軽度の心陰影拡大と微量の胸水を認めました。ただし、胸水は少量であり、この時点で緊急に胸水を抜去しなければならない状態ではありませんでした。



続いて心エコー検査を実施しました。



FS(心収縮力)は十分保たれており、心筋肥大や左室流出路狭窄は認めませんでした。

一方、左房は見た目にもやや大きい印象があり、LADsもやや拡大傾向、LA/Ao比も基準値上限付近でした。

明らかなうっ血性心不全と断定できる所見ではありませんでしたが、循環器学的には決して安心できる状態ではなく、本格的な心不全へ移行してもおかしくない境界域の状態と判断しました。

以上の結果から、糖尿病性ケトーシスを主体としながらも、慢性腎臓病や循環不全の関与も考慮して治療を開始することにしました。

血糖管理のためリブレを装着し、レギュラーインスリンCRI(持続点滴)とカリウムを添加した生理食塩水による点滴を開始しました。

循環器への負担も考慮し、点滴速度は3 mL/時という比較的ゆっくりとした速度から開始しました。

約14時間後、血糖値は当初の目標としていた250 mg/dL台(256 mg/dL)まで低下したため、点滴は3号液へ変更しました。レギュラーインスリンCRIは継続しています。


第2病日


チュールを口元に持っていくと、嫌々ながらではありましたが食べてくれました。この時は少しほっとしました。

さらに約3時間後、朝7時頃にも飼い主様の手からチュールを食べてくれました。

しかし、呼吸数は依然として42回/分前後と速い状態が続いていました。
そこで胸部レントゲン検査を再度実施したところ、胸水は前日より増加していました。



初診時の心エコーでは決定的な所見は得られませんでしたが、この経過から循環不全が進行していると判断し、ドブタミンCRIを開始しました。

当院ではシリンジポンプが1台しかなかったため、レギュラーインスリンCRIはランタスへ切り替え、その代わりにドブタミンCRIへ変更しました。点滴は継続しています。

幸いランタスへの切り替え後も血糖コントロールは安定しており、呼吸数も30回/分前後まで改善しました。

次週に続く
2026-08-05 03:00:00

猫の糖尿病診療と連続ケトンセンサーの可能性

カテゴリ : 内分泌:ホルモンの異常や糖尿病


去年2月に、このブログで「ケトン体(β-ヒドロキシ酪酸)を連続測定できるセンサー」をご紹介しました。

血糖を連続測定するリブレのケトン版のようなデバイスです。

もちろん、測定しているのは血液ではなく間質液です。そのため血液検査と全く同じ値になるとは考えられませんが、多少の誤差があってもケトンの増減という「トレンド」が把握できれば面白いのではないかと思ったのを覚えています。

以前はAmazonでも購入できましたが、現在はAmazonでは見かけなくなりました。メーカー(あるいは代理店)のウェブサイトから直接購入する形になっているようです。



ただ、私自身は現時点で実際に注文していませんので、日本から問題なく購入できるかどうかまでは確認できていません。

また、このセンサーは糖尿病管理を目的とした製品ではありません。ケトジェニックダイエット(ケトンダイエット)を実践している人が、自身のケトン状態を把握するために利用されているようです。人向け製品であり、Not for Medical Use(医療目的での使用を想定したものではなく)、猫での精度や有用性も検証されていません。

当時、飼い主様のご協力のもと、糖尿病性ケトアシドーシスから回復した猫に1日だけ装着を試させていただいたことがありました。



ケトン値は終始0のままでしたが、少なくとも猫でも装着・測定自体は可能でした。



そんなことを思い出しながら、「もし普通に猫の診療で使うとしたら、どんな場面があるだろう?」と改めて考えてみました。

当然、最初に考えるのが糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の治療です。

しかし、よく考えてみると、私はDKA急性期ではそれほど必要性は高くないように感じています。

ケトンについては、リブレを用いて1~2日に1回程度測定すれば、多くの場合は十分に治療方針を判断できます、この場合は都度採血が必要ですが。



また利用するにしても、リブレとケトンセンサーの2枚を装着する必要があり、猫ちゃんへの負担を考えると現実的ではないかなと思います。

では、どんな場面なら役立つ可能性があるのでしょうか。



現時点で私が思いつくのは、SGLT2阻害薬を導入するタイミングです。

SGLT2阻害薬は血糖を下げることはできますが、インスリンのように細胞へ糖を取り込ませる作用はありません。そのため、インスリン不足の状態では体はエネルギー源として脂肪を分解するようになり、ケトン体が増加しやすくなります。

人では、SGLT2阻害薬の使用中に血糖値がそれほど高くなくても発症する「正常血糖糖尿病性ケトアシドーシス(euglycemic DKA)」が知られています。

そのため、患者さん自身が「気分が悪い」「吐き気がある」「食欲がない」といった「自覚症状」をきっかけにケトン体を測定することがあります。

一方、猫は「自覚症状」を訴えることができません。

もし今後、猫でもこうした薬剤を使用する機会がさらに増えるのであれば、正常血糖DKAを見逃さないために、導入初期だけでもケトンの変化を連続的に把握するという使い方には、何らかの意義があるのかもしれません。

もちろん、これは現時点での私の仮説です。本当に役立つかどうかは、今後の研究や臨床経験を待つ必要があります。

リブレも最初は人医療のために開発されたデバイスでした。その後、多くの検証や経験の積み重ねによって、現在では猫の糖尿病診療でも広く利用されるようになっています。

この連続ケトンセンサーも、将来、獣医療で新しい役割を担うのか、それとも限られた用途にとどまるのか。

現時点では仮説に過ぎませんが、今後の研究や臨床経験の積み重ねによって、その有用性が明らかになることを期待しています。

※本記事は新しい技術についての考察です。ご紹介したセンサーは人向け製品であり、猫での精度や有用性は現時点で確立されておらず、臨床使用を推奨するものではありません。

糖尿病性ケトアシドーシスの猫で呼吸が速い…その原因を考えた症例【後編】

カテゴリ : 内分泌:ホルモンの異常や糖尿病

2026-07-08 02:00:00

糖尿病性ケトアシドーシスの猫で呼吸が速い…その原因を考えた症例【前編】

カテゴリ : 内分泌:ホルモンの異常や糖尿病
前編



呼吸が速い…肺や心臓の病気?


ある日、糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の猫ちゃんが来院しました。

来院時の呼吸数は48回/分。安静時としてはかなり速い呼吸でした。

呼吸数が増加している場合、まず考えるのは心臓や肺の異常です。



心臓の負荷を評価する検査であるproBNPは上昇しており、心疾患の存在がより示唆されました。

そこで胸部レントゲン検査や新エコー検査を実施しました。



しかし、胸部レントゲン検査や心エコー検査で、呼吸数の増加を説明できるような肺水腫や重度の心不全を疑う所見は確認できませんでした。

そのため、この時点では「心臓への負荷には注意しながら点滴治療などを行う必要があるな」というくらいの認識でした。

一方で、呼吸数の増加については糖尿病性ケトアシドーシスそのものに伴う代謝性の変化が関与している可能性を考え、慎重に経過を観察することにしました。

呼吸状態が気になったため、念のためブローバイ酸素を行いながら治療を開始しました。(一番最初の動画)


糖尿病性ケトアシドーシスとは


血液検査や臨床症状から、この猫ちゃんは糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)と診断しました。

糖尿病ではインスリンが不足することで、血液中に糖が十分存在していても体の細胞がその糖を利用できなくなります。

すると体はエネルギーを確保するため、自分の脂肪を分解し始めます。

その結果として作られるのが「ケトン体」です。

ケトン体はある程度であればエネルギー源として利用できますが、過剰に増えると体に悪影響を及ぼします。

この状態が糖尿病性ケトアシドーシスです。


なぜ呼吸が速くなるの?


糖尿病性ケトアシドーシスでは、体内にケトン体が大量に蓄積します。

ケトン体が増えすぎると血液は普段より酸性に傾いてしまいます。

血液には本来、体が正常に働きやすい一定のバランスがあります。

しかし酸性に傾きすぎると細胞や臓器がうまく働けなくなり、元気や食欲の低下、重症の場合には意識障害などを引き起こします。

そこで体は、この状態を少しでも改善しようとします。

私たちが吐き出している息には二酸化炭素が含まれています。

二酸化炭素は体の中では酸として働くため、呼吸を速くして二酸化炭素をたくさん体の外へ出し、血液の酸性を和らげようとするのです。

そのため糖尿病性ケトアシドーシスでは、肺や心臓に大きな異常がなくても呼吸数が増加することがあります。


治療開始


糖尿病性ケトアシドーシスに対しては、短時間作用型インスリンの持続点滴投与(CRI)を開始しました。

治療開始時の血中ケトン値は6.7 mmol/Lでした。





その後治療を続けたところ、ケトン値は5.6 mmol/L(普通は0を示します)まで低下しました。




そして同じ頃、呼吸数も48回/分から30回/分と改善傾向を示していました。



この経過から、この時点での呼吸数増加には糖尿病性ケトアシドーシスに伴う代謝性アシドーシスが関与していた可能性を考えました。

呼吸状態も安定傾向にあったため、酸素投与は終了しています。


今回の症例では


当院では血液ガス分析を行っていないため、血液の酸性度がどのように変化したかを直接確認することはできません。

そのため、

「呼吸数が改善したのはアシドーシスが改善したからである」

と断定することはできません。

しかし、

・胸部レントゲン検査や心エコー検査で呼吸数の増加を説明できるような異常が認められなかったこと

・ケトン値が6.7 mmol/Lから5.6 mmol/Lへ低下しそれに伴って呼吸数が
48回/分から30回/分へ改善したこと

・酸素投与を中止した後も呼吸状態が安定していたこと

などを考えると、この時点での呼吸数の増加には、糖尿病性ケトアシドーシスが関与していたのではないかと考えています。

次回へ


この時点では呼吸数も改善し、治療は順調に進んでいるように見えました。

しかし、その後の経過で呼吸数は再び増加し、来院時に認められていたproBNP高値についても改めて考えさせられることになります。

次回は、この猫ちゃんに併発していた脂肪肝と黄疸、そしてその後の経過についてお話しします。
2026-07-01 01:00:00

猫の糖コントロールを考える

カテゴリ : 内分泌:ホルモンの異常や糖尿病

―― メーカーの設計思想と、実際の代謝の話 ――


糖尿病の猫ちゃんに処方される「糖コントロールフード」。

メーカーの説明では、
「炭水化物の種類と量を調整し、糖の吸収をゆるやかにして血糖値を安定させる」
とされています。

これは人や犬の“低GI療法”の発想に近く、「食後の血糖の上昇をゆるやかにする」ことで、膵臓への負担を減らす考え方です。

この説明は決して間違いではありません。

実際、炭水化物の内容や食物繊維のバランスは、血糖変動の安定に役立ちます。

ただ、猫の場合は少し事情が違います。

猫はもともと、糖を早く吸収する能力が低く、食後の血糖上昇も人や犬ほど大きくありません。

唾液に※アミラーゼをほとんど含まず、膵アミラーゼ活性も犬の10分の1以下。

※糖分を分解

つまり、猫では“吸収をゆるやかにする”というより、「糖を入れすぎないようにする」ことが本質になります。



メーカーの考え方と、猫の体の仕組みの実際



メーカーの言う「吸収をゆるやかにする」は、猫にとっても理にかなっています。

糖をいきなり多く入れない工夫は、確かに代謝を助けます。

ただ臨床の現場では、それに加えて「糖の総量負荷を抑える」ことがより重要になります。

猫は糖を食べて得る動物ではなく、たんぱく質から糖を作り出す動物。

そのため、炭水化物を控え、たんぱく質をしっかり摂ることで、
本来の“自分で糖を作って使う”代謝バランスを守ることができます。

つまり――メーカーの言う「吸収をゆるやかに」は、猫にとっては「糖の量を入れすぎない」という意味に近いのです。

どちらの説明も、向いている方向は同じ。
「血糖を乱さず、体にムリをかけない」

そのための設計、という点では一致しています。


 筋肉を守る=糖を守る



もうひとつ、糖コントロールで大切なのは「高たんぱく設計」です。

筋肉は糖を“使う場所”であり、また糖を“作る材料”でもあります。

筋肉が減ると、糖を使う力も、作る力も弱まります。

だからこそ、筋肉を守ることが血糖を守ることにつながります。

糖コントロールフードは、高たんぱくで筋肉を維持し、体が無理なく糖を扱えるように設計されています。



 まとめ:ふたつの視点は矛盾しない



   メーカーの説明:
「糖の吸収をゆるやかにして血糖を安定させる」

獣医師の補足:

「猫ではもともと吸収はゆるやか。大切なのは糖の総量を抑え、体の中でムリをさせないこと。」

この二つは、実は同じ方向を向いています。

猫の糖コントロールとは、**“糖を食べさせすぎず・無理をさせず・糖代謝を本来のリズムに戻してあげる”**こと。

それが、体にやさしい本当の意味での“血糖を整える”ということなのです。
2025-11-26 05:00:00

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