
今回は少し珍しい病気のお話です。少し難しい内容が出てきます。
「食べているのに太らず、ガリガリになってきた。」
今回ご紹介するのは、そのような主訴で来院された高齢の猫ちゃんです。
実際に診察すると、確かに痩せている印象はありました。
しかしカルテを確認すると、約1年半前と比べた体重減少は約400gでした。
もちろん400gの体重減少は軽視できません。
しかし、「急激にガリガリになった」というほどではありませんでした。
そこで詳しくお話を伺うと、飼い主様から
「そういえば、お水もよく飲んでいるような気がします。」
「おしっこの量も多いかもしれません。」
というお話がありました。
さらに、
「時々ふらつくことがあります。」
というお話もありました。
この時点では、痩せて筋肉量も減ってきていることから、
「筋力の低下も関係しているのかもしれませんね。」
とお話ししていました。
まず疑ったのは、よくある病気
高齢猫で体重減少と多飲多尿がみられた場合、まず考えるのは、
・糖尿病
・慢性腎臓病
・甲状腺機能亢進症
など、比較的よく遭遇する病気です。
そのため、まずは血液検査と尿検査を行いました。
血液検査では、
・糖尿病を疑うような高血糖は認められませんでした。
・甲状腺ホルモン(T4)も基準範囲内でした。
・BUNは63.3 mg/dL、Creは1.61 mg/dLと軽度の上昇を認めました。

一方で目を引いたのは、ナトリウム(Na)170 mEq/Lという著しい高値でした。(一番上の画像)
さらに、カルシウム(Ca)12.6 mg/dLと高カルシウム血症も認められました。
尿比重は1.016でした。
尿比重とは、簡単にいうと「尿の濃さ」を表す数値です。
猫はもともと尿を濃くすることがとても得意な動物です。
体の水分が不足すると、腎臓はできるだけ水分を体の中に戻し、濃い尿を作ろうとします。
ところが、この猫ちゃんは血液検査で脱水が疑われる状態にもかかわらず、尿は十分に濃くなっていませんでした。
つまり、体は水分を残したいのに、水を十分に体へ戻せず、そのまま尿として失っている可能性が考えられました。
また、先ほどお聞きした「ふらつき」も気になりました。
この時点では筋肉量が減ってきていることが原因かもしれないと考えていましたが、ナトリウムの値を見て考えが変わりました。
ナトリウムが高いということは、多くの場合「塩分を摂り過ぎた」という意味ではありません。
体から水だけが多く失われた結果、血液が濃くなってしまっている状態です。
血液が濃くなると、脳の細胞から水分が血液側へ引き出されます。
その結果、
・元気がなくなる
・ぼんやりする
・ふらつく
・重症ではけいれん
などの神経症状が現れることがあります。
この猫ちゃんのふらつきも、高ナトリウム血症が関係している可能性が考えられました。
治療の目的が変わりました
この時点で、診療の目的は「なぜ痩せてきたのか」
から、
「まず高ナトリウム血症を改善しよう」
へと変わりました。
高ナトリウム血症は神経症状の原因になることもあるため、まずは体の水分バランスを整えることを優先する必要があります。
そこで入院管理とし、3号液を用いた静脈点滴を2日間行いました。

すると、

BUNは63.3 mg/dLから48 mg/dL、
Creは1.61 mg/dLから1.32 mg/dL
まで改善しました。
脱水自体は改善したと考えられました。
しかし予想外だったのは、Naは170 mEq/Lから176 mEq/Lへ、むしろ上昇してしまったことです。

当初は、
「3号液にもナトリウムは含まれているので、その影響もあったのだろうか。」
とも考えました。
しかし、脱水が改善しているにもかかわらず高ナトリウム血症は悪化しています。
つまり、補液で補っている以上に、水だけが体から失われ続けている可能性を考える必要がありました。
中枢性尿崩症を疑う
そこでまず考えたのが、中枢性尿崩症でした。
尿崩症には大きく分けて2つあります。
一つは、抗利尿ホルモン(バソプレシン)が十分に作られない「中枢性尿崩症」。
もう一つは、ホルモンは作られていても腎臓が反応できない「腎性尿崩症」です。
もし中枢性尿崩症であれば、バソプレシンを補充することで尿を濃縮できるようになり、高ナトリウム血症も改善するはずです。
そこでバソプレシン製剤による治療を開始しました。

※お薬画像は会社HPより転載
10日後の再評価
治療開始から10日後に再検査を行いました。
尿比重は1.016から1.018へわずかに上昇していました。
飼い主様からも、
「少し尿が濃くなったような気がしないでもないです。」
とのお話がありました。
しかし、Naは170 mEq/Lと依然高値で、期待したような改善は認められませんでした。
この程度の変化だけでは、バソプレシンによる十分な治療効果が得られたとは判断できません。
そのため、バソプレシン製剤は効果が乏しいと判断し、中止しました。
腎性尿崩症を疑う
ここで考えたのが、腎性尿崩症、あるいは腎性尿崩症様の尿濃縮障害です。
中枢性尿崩症であれば、ホルモンを補充することで改善が期待できます。
しかし、ホルモンを補充しても十分な改善が得られないのであれば、腎臓が抗利尿ホルモンに反応できていない可能性が考えられます。
今後の管理
腎性尿崩症では、根本的な治療は容易ではありません。
そのため、この猫ちゃんでは脱水と高ナトリウム血症をできるだけ防ぐことを目標に管理することにしました。
具体的には、
・ドライフードをふやかして与える
・ウェットフードを積極的に利用する
・家の中の水飲み場を増やす
など、できるだけ飲水機会を増やすようお願いしました。
さらに、補助的な管理として週1回程度の皮下点滴(3号液)を提案いたしました。
高カルシウム血症について
一方で、この猫ちゃんでは高カルシウム血症も認められていました。
高カルシウム血症は尿を濃縮しにくくすることがあり、本症例の高ナトリウム血症にも関係している可能性があります。
そのため、高カルシウム血症の原因、ひいては高ナトリウム血症や尿濃縮障害の原因を調べる目的で、
・イオン化カルシウム
・副甲状腺ホルモン(PTH)
・PTH関連蛋白(PTHrP)
・ビタミンD代謝産物
などの追加検査をご提案しました。
すると飼い主様から、
「もし副甲状腺に異常があった場合、治療はどうなるのでしょうか?」
というご質問がありました。
私は、
「原発性副甲状腺機能亢進症であれば、根本的な治療は副甲状腺の摘出になります。当院では実施できませんので、その場合は専門施設をご紹介することになります。」
とお答えしました。
すると飼い主様は、
「手術は考えていません。それなら追加検査は希望しません。」
とのご判断でした。
確かに、検査結果によって治療方針が変わらないのであれば、無理に検査を進める必要はありません。
そのため今回は追加検査は行わず、飲水機会を増やすことと、必要に応じた皮下点滴を継続しながら経過をみていくことを提案いたしました。
最後に
今回の症例では、「食べているのに痩せてきた」という主訴から診療が始まりました。
しかし診察を進めるうちに、多飲多尿、高ナトリウム血症、尿濃縮障害、高カルシウム血症という複数の所見が明らかになり、診療の目的も大きく変わっていきました。
最終的に確定診断には至っていませんが、腎性尿崩症、あるいは高カルシウム血症に伴う腎性尿崩症様の尿濃縮障害が強く疑われた症例でした。
高齢猫の多飲多尿では、糖尿病や慢性腎臓病、甲状腺機能亢進症だけでは説明できないケースもあります。
まれな病気ではありますが、このような病態も鑑別の一つとして頭に置いておくことの大切さを改めて感じた症例でした。
※獣医師の先生方で、お気付きの点がございましたら、コメント欄でご教示いただけますと幸いです。
























