
先日、NHKの『ダーウィンが来た!』でツシマヤマネコの特集を見ました。
水をためらわずに渡り、魚や鳥を狩る姿がとても印象的でした。
「猫は水を嫌う」とよく言われます。
もちろんスナドリネコやジャガーなど例外もいますが、
多くの猫は水を避ける生きものというイメージがあります。
その中で、ツシマヤマネコが迷いなく水辺に入っていく姿には、
“生き延びるための柔軟さ”のようなものを感じました。
ツシマヤマネコは長崎県の対馬にだけ生息する、日本固有の野生の猫です。
見た目はキジトラ猫に似ていますが、実際には250万年前にイエネコの祖先から枝分かれしたまったく別の系統。
約10万年ものあいだ、島の自然の中で独自の生き方を貫いてきました。
最近では、森の植生が変わり、獲物のネズミが減ったことで、
魚や水辺の鳥を狩るようになったといいます。
環境に合わせて食べ物を変え、生き方を変える。
その姿に、自然の厳しさとしたたかさを同時に感じました。
イエネコという存在
番組を見終えてから、私はあらためて「イエネコ」という存在のことを考えました。
ふだん診察室では、猫を“家族の一員”として見ています。

飼い主の方と同じ目線で、少しでも長く一緒に過ごせるように、
その子の健康を守ることを考えています。
けれどツシマヤマネコの映像を見ながら、
「野生の猫」と「人と共に暮らす猫」という二つの姿の間にある距離を意識しました。
イエネコは、人と共に生きることを選んだ猫。
農耕の始まりとともに人の集落に近づき、
穀物を狙うネズミを追って役立つ存在となり、
やがて“家族”として暮らすようになりました。
つまりイエネコは、人の生活という環境に適応した猫です。
ツシマヤマネコが自然の変化に適応してきたように、
イエネコは人との共存に適応してきた。
その生き方はまったく違っていても、どちらも“生き延びるための進化”を遂げた存在だと思いました。
地域猫と野良猫――人と猫の間にある現実
ここで思い出したのが、町で見かける地域猫や野良猫のことです。
彼らは、完全に人の家庭で暮らすわけでもなく、
かといって野生の中で生きるわけでもない、
“人の暮らしのすぐそば”で生きる猫たちです。
地域猫とは、住民が話し合いのもとで、
去勢手術や餌やり、清掃などを分担しながら見守る仕組みのもとに暮らす猫を指します。
一方で、そうした支えを受けていない猫たちは、
野良猫として人の生活圏に依存しながら生きています。

一見「自然に生きている」ように見えますが、
実際には人の存在なくしては成り立たない生活。
人が与える餌や、地域の環境があってこそ生き延びているのです。
この「人のそばで生きる猫たち」が、
人と猫の関係の“中間地点”にいるのだと思います。
完全な野生でもなく、完全な家庭動物でもない。
そしてその延長に、野猫(フェラルキャット)という存在があります。
野猫(フェラルキャット)問題について思うこと
この問題について私は専門家ではなく、
ニュースなどで耳にした程度の“聞きかじり”にすぎません。
それでも、ツシマヤマネコの映像を見ている時、
この問題が頭をよぎりました。
イエネコが人の管理を離れ、
世代を重ねて人を警戒し、
完全に野生化していくと、
その猫は野猫(フェラルキャット)と呼ばれます。
オーストラリアやニュージーランドでは、
こうした野猫が天敵のいない環境で数を増やし、
在来の動物を脅かす深刻な問題になっています。
一方で、命を奪う形での駆除は動物福祉の面から議論を呼び、
生態系と命の尊重、その両立をめぐって答えの出ない状況が続いているといいます。

日本でも、奄美大島のアマミノクロウサギ、
西表島のヤンバルクイナ、そして対馬のツシマヤマネコなど、
希少な在来動物が野猫や野良猫の影響を受けているという報告があります。
ツシマヤマネコを守るための活動の一方で、
同じ“猫科動物”イエネコという存在が別の形でその環境を脅かしてしまう――。
その複雑さに、言葉を失う思いがしました。
おわりに
ツシマヤマネコは、
自然の中で10万年をかけて“環境に合わせて生きる術”を身につけた猫。
イエネコは、
人と暮らすという“環境”に適応し、共生を選んだ猫。
そのあいだに、地域猫や野良猫という、人の社会と自然のはざまで生きる存在がいて、
さらにその延長に、人から離れ、野生化したフェラルキャットがいる。
同じ“猫”であっても、
生きる場所と関わる人によって、その姿はまったく違います。
あの水辺を渡るツシマヤマネコの姿が、目に焼きついています。
補足:イエネコの呼び分けについて
「イエネコ」というのは、
トラやライオン、ヤマネコなどと同じ“種類の名前”であり、
「飼っている猫」という意味ではありません。
人との関わり方によって次のように区分されます。
飼い猫 … 人間が全面的に面倒を見る完全な共生
地域猫 … 人が避妊・去勢や餌やりに関わりつつ外で暮らす
野良猫 … 人の生活圏に依存しながらも直接的な管理を受けない
野猫(フェラルキャット) … 人との関わりが途絶え、完全に野生化したイエネコ